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東京地方裁判所 昭和26年(モ)8025号 判決 1952年4月14日

債権者 小島康平 外一名

債務者 学校法人共立薬科大学

主文

当裁判所が昭和二十六年(ヨ)第四〇四二号仮処分事件につき、昭和二十六年十一月二十四日になした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、申請の理由として、

一、債務者学校法人共立薬科大学は、以前は財団法人共立女子薬学専門学校と称していたが、私立学校法の施行にともない昭和二十六年三月十四日以降その組織を変更して学校法人となり、教育基本法及び学校教育法に従い、薬学教育を施す学校を設置するという目的達成のために、現在共立薬科大学を設立経営している。

二、債権者小島康平は昭和二十三年四月に共立女子薬学専門学校の講師として採用され、同年十月同校教授となり、昭和二十四年四月一日に共立女子薬科大学の図書館長を委嘱され、昭和二十五年十月同大学助教授を兼任し、昭和二十六年四月一日に、期間を二ケ年と約定して、共立薬科大学の助教授に就任して有機化学の講座を担当し、債権者益子安は昭和二十六年四月一日に同じく期間を二ケ年と定めて共立薬科大学の助教授に就任し、爾来薬品分析化学の講座を担当していたものである。

三、債務者は、債権者両名に対し、昭和二十六年七月六日発送、翌七日到達の書面をもつて同人等を解任する旨を一方的に通告して来た。

四、然しながら、右の解任の意思表示は次のような理由により無効である。即ち、

(1)  債務者の前身たる財団法人共立女子薬学専門学校と共立女子薬学専門学校職員組合は、昭和二十二年四月二十一日に有効期間は締結の日から六月と定めて労働協約を締結し、その後同協約はその規定にもとずいて自動的に六ケ月づつ延長された結果、右協約は現在、当初の各当事者の地位を承諾した債務者と債権者両名の所属する共立薬科大学職員組合との間における有効な労働協約となつているのであるが、同協約によれば、職員の採用解雇は債務者が組合の了解を得てからでなければなしえないことが明らかであるから、この手続を履践しなかつた本件解雇の意思表示はいずれも無効である。而して従前の前記協約が現在債務者と共立薬科大学職員組合との間において有効なることは昭和二十五年四月十五日の経営協議会に際して、右両者が、新協約が成立するまで前記協約の有効なることを確認したことからしても明らかである。

(2)  債権者両名はいずれも前記のように期間を二年と定めて、昭和二十六年四月一日に、債務者の経営する共立薬科大学の助教授に就任したのであつて、かかる期間の定ある雇傭契約は、その期間内にはこれを解除することができないのであるから、期間内に行なわれた本件解雇の意思表示はいずれも無効である。

(3)  本件の解雇の意思表示は、いずれも正当な理由にもとずいて行われたものではなく、従つて解雇権の濫用であるから無効である。

五、本件解雇の意思表示が、右のような理由から、いずれも無効であるにかかわらず、被解雇者として取扱われることは債権者等にとつて、単に経済的に打撃であるばかりでなく、研究は中断され且熱情をもつて三年間教導した学生の国家試験のための補講をすることもできなくなるのであつて、これによる損害は正に回復することのできないものであるから、前記各解雇の意思表示の効力の停止を求める必要性がある。と述べた。(疏明省略)

債務者代理人は、当裁判所が昭和二十六年(ヨ)第四〇四二号仮処分事件につき昭和二十六年十一月二十四日になした仮処分決定を取消す、債権者の仮処分申請を却下するとの判決を求め、

一、債権者の主張する一乃至三記載の事実はこれを認める。

二、現在債務者の経営する共立薬科大学には職員組合はなく、従つて、労働協約も存在しない。かりに債権者の主張するように共立薬科大学の職員をもつて組合が結成されているとしても、債権者主張の労働協約は、債務者の前身たる財団法人共立女子薬学専門学校と、同法人の経営していた共立女子薬学専門学校の職員をもつて構成されていた組合との間において、昭和二十二年四月二十一日に、有効期間を六ケ月に定めて締結されたものであり、その後同協約の規定に則つて、期間満了後更に六ケ月間は自動的に延長することはできるとしても、その後更にこの有効期間を自動的に延長しうる定はないのであるから、右協約は締結の日から一年の期間の経過とともに終了したものである。

かりに右協約第六条の「協約を改訂する場合新しく協約が締給せらるゝまではこの協約を有効とする。」との規定の適用があるとしても、その期間は協約締結の日から三年以上にわたることは、労働組合法第十五条によつて許されないから昭和二十五年四月二十一日以降右協約の効力が存続する筈はない。また昭和二十五年四月十五日の経営協議会において債務者及び共立薬科大学職員組合が、前記協約の効力の継続を確認したことはない。かりにかゝる事実が認められるとしても、これによつて新しい協約が有効に成立したものと言いえないことは労働組合法第十四条の趣旨に徴して明白である。なおかりに、以上の主張がいずれも理由がないとしても、昭和二十五年十月に、前記財団法人は相手方組合に対して右協約の効力の継続延長を拒否する旨の意思表示をしたからこの時以後右協約は有効に存続することができなくなつたものというべきである。

三、債権者等は、唯徒らに学閥的偏見から、学内において最も有能と認められる宮本貞一教授の排斥を企て理事者において、この債権者の希望を容れないと見るや、一部の父兄並に学生を煽動しその団体行動によつて理事者に反抗し、以て不法にその野心を貫撤すべく、学の内外に亘り所謂学校騒動の主因をなした者で、助教授としての本来の職責に反し、そのまゝに放任しておくことは教育を使命とする本学の経営に多大の支障を与えることが明らかであつたので、幾度かその反省を求めたのであるが、その効果がなく、又円満辞職の勤告にも応じないので、やむをえず、解雇の意思表示をしたものであるから、雇傭契約期間中の解雇ではあるが、有効であり、また右のような正当な理由にもとずく解雇である以上、解雇権の濫用とはいい得ない。

四、更に本件においては仮処分の必要性がない。即ち

(1)  債権者益子安は現に新宿で合資会社天神堂なる薬局を開設していて、これから生ずる收入によつて十分生活の資を得ることができるから、本件解雇によつて、直ちに生活に困るようなことはなく、また債権者小島康平は、その住宅は自己所有のものであり、電話その他相当の資産を有し、且つ未だ独身であつて母並びに妹と同居しているが、妹は現に東京薬科大学女子部に在学している程で、その生活に余裕ある者であるからこれまた本件解雇によつて、直ちに生活に窮するようなことはない。

(2)  債権者等は解雇後においても、各自その研究を続けることは可能であり何ら支障はない。

(3)  受験学生に於ける補講は既に予定通りこれを完了したので、これによつて、本件仮処分の必要性が左右されることはない。

以上のように本件仮処分を必要とする理由は全然ないばかりか、仮りに本件の仮処分が認容されると、債権者の性格並びに従来の経過から考えて、学内の秩序は直ちに乱されること必至でありひいては、学生の教育上に重大な支障を生ずるに至ることが明らかである。と述べた。(疏明省略)

理由

債務者学校法人共立薬科大学が、以前は財団法人共立女子薬学専門学校と称していたが、私立学校法の施行にともない昭和二十六年三月十四日以降、学校法人となり、薬学教育を施す学校を設置するという目的達成のために現在共立薬科大学を設立経営していること、債権者小島康平が、昭和二十三年四月に共立女子薬学専門学校の講師として採用され、昭和二十四年四月一日に共立女子薬科大学の図書館長を委嘱され、昭和二十五年十月同大学助教授を兼任し、昭和二十六年四月一日に期間を二ケ年と定めて、共立薬科大学の助教授に就任して有機化学の講座を担当したこと、債権者益子安が、昭和二十六年四月一日に同じく期間を二ケ年と定めて、共立薬科大学の助教授に就任し、爾来薬品分析化学の講座を担当していたものであること、並びに、債務者が右債権者両名に対し昭和二十六年七月六日発送翌七日到達の書面をもつて同人等を解任する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

よつて右解雇の意思表示について債権者等が選択的に主張する三個の無効原因中、この解雇の意思表示が、期間の定ある雇傭契約に関するものとして無効であるという点について判断する。先ず債務者の主張する解雇理由につき案ずるに、成立の真正なることを認めうる甲第九号、第十号、第十八乃至第二十号、第二十三号の一、第二十四号、第二十五号の一乃至三、第二十六号の一、第三十三号、第三十四号並びに成立に争のない乙第一乃至第五号、第七号、第八号、第十一乃至第十四号の各疏明を綜合すれば、共立女子薬学専門学校においては、昭和二十三年七月頃新制大学設置の認可申請をしたが、その頃当時の長田校長が同校の教授中より宮本貞一教授のみを新制大学の教授に推せんしたことに端を発し、同窓生その他の間に中村、中畑、伊藤等の同校教授をも新制大学の教授、助教授に推せんせよとの運動がおこり、これを校長に迫る等の紛争があつたこと、昭和二十四年四月長田校長のもとに、桜井、宮本、川原、百瀬、綿貫等を教授として新制大学が発足し、右専門学校と併立するに至り、これらの教授によつて、授業担当時間割等が定められたが、一般教職員の拒否するところとなり、専門学校関係の教職員の要望にそい、教職員会議が設けられ、これによつて授業担当が定められるに至つたこと、その頃宮本教授を排斥する運動があつて学校内に紛争があり、父兄会のあつせんにより解決し、宮本と中村、中畑、桜井、綿貫等は協力して学校の運営に努力することとなつたが、漸次宮本と他の者との間に対立を生ずるようになり、昭和二十六年二月頃宮本が学長候補として理事長のもとに推せんされたとの報が伝えられるや中村、中畑らはこぞつて反対し、他の教職員もこれに加わり、宮本と他の教職員との対立も激化して来たこと、昭和二十六年四月に綿貫、貫志、野崎の三名が債務者の要請によつて退職するやこれに不満を感じた債権者両名が、債務者の措置を不明朗なりとして、理事等及び宮本教授に反対の立場に立つて、右三名のために種々奔走し、他方学生の一部にも、債務者の右措置を不満とする運動がおこり、後には父兄会、同窓会の一部も反宮本の立場に立つて活動するようになつたこと、中村学長代理は、遂に右同年五月十七日に教授会を開いて、宮本教授に辞職を勧告する旨決議し、助教授その他の職員を招いて右決議に賛成する旨の署名をもとめ、債権者等をふくむ教職員の殆ど全員の署名を得たので引続き工藤理事長及びその他の理事の出席をもとめ、父兄並びに学生の一部或いは毎日新聞記者等もいた教職員の会合の席上で、決議の趣旨を伝えたところ、理事長より拒否されたため、会場騒然とし、その際債権者益子が理事等に対し「学校は先ず学生のためにあるものである。決して理事の私有物ではない」等積極的な発言をしたこと、並びに債権者両名が宮本教授の出席を求めるべく同人を呼びに出かけたところ、階下において先に宮本教授を呼びに出かけた伊藤助教授が、同人の腕をとらえて連行しようとして口論していたので、債権者両名が伊藤に同調して宮本教授に出席を求めたことは一応認め得るが、更に債権者両名の外にも学内の教授等にして反宮本の立場をとつた者があつたことも前記疏明によつて明らかである。而して、これらの事実によれば、債権者両名がかねてより、宮本教授に対し、反対の立場を持し、昭和二十六年四月に前記三名が退職した際に、理事及び宮本教授に反対する活動をなし、更に同年五月十七日の会合において、宮本教授に対する退職勧告の教授会決議に賛成する署名をなし、他の教職員とともに、理事長らに対し、決議の趣旨を伝えたことについては疏明ありとなすべきも、債権者両名が学閥的偏見にとらわれ、父兄学生を煽動し、団体行動によつて、理事等に反抗し、所謂学校煽動の主因をなしたこと、及び宮本教授に暴行を加え理事長らに暴言を吐き侮辱を与えたことについては未だこれに認めるに足る疏明がないものといわざるをえない。

もつとも成立に真正なることを認めうる甲第八号、第二十三号の三、第二十四号、第三十三号、第三十四号の各疏明並びに薬業新聞なることについて当事者間に争のない甲第七号によれば、昭和二十六年五月五日の薬業新聞に学長の後任をめぐつて債務者大学に派閥争があり、そのため前記三名が追い出され、宮本がこれら三名に対立する派の雄にして理事と提けいして、右三名の追出しに努力したこと或いは宮本の言動には以前からとかくの問題のあつたこと等を思わせる記事が掲載され、その際、債権者小島は、右新聞記事の提供者と目され同年五月十二日に工藤理事長に質問されたが、その直後に小島が債権者益子とともに中村学長代理宛に辞表を提出したこと、並びに薬業新聞の記者天野と債権者小島とは従来より交渉のあつたことを認めうるが、他方また右疏明によれば、債権者小島は薬業新聞に対する記事提供の嫌疑をうける前から他に転出するため既に辞意を有していたところ、たまたまこのような事件について関連があるかの如く疑われたので、心よからず思い、時期を繰上げて債権者益子とともに、辞表を提出したことも推認されるので、右辞表の提出をもつて直ちに同人が新聞記事提供の責任を負つたものとなすには疏明に乏しいといわざるを得ず、また乙第十五号中には債権者小島が自称父兄会長と称し云々との記載があるが、成立の真正なることを認め得る甲第三十五号、第三十六号と比較対照するときは、到底これを措信することができない。

更に成立に争のない乙第五号、同第十二号、同第十三号に債権者両名が右同年五月十七日に宮本教授に対して暴行をなし、且つ同日の会合において理事者等に対し「十万円やるから理事長出て行け」「理事総退陣せよ」「貴様らはいつまでこの学校を食いものにする気か」などという暴言をはいた旨の記載があるが、これらの疏明資科を、成立に争のない乙第二号、同第三号と比較対照し更に債権者等の提出する前掲疏明資料と対照して考えてみると右記載はにわかに措信することができない。

然らば債権者両名につき認め得る前記言動をもつて他の教職員と区別してこれを民法第六百二十八条にいう已むことを得ざる解除の事由に該当するものとなすことはできないものといわざるをえない。

従つて債務者が債権者両名に対してなした昭和二十六年七月六日附の解雇の意思表示はその事由を欠き期間の定ある雇傭契約の解雇の意思表示としてはその効力を生ぜず、債権者両名と債務者との間には従前の雇傭関係が存続するものと一応なさざるをえない。

次いで本件仮処分の必要性について考えるに成立を認めうる甲第三十三号、成立に争のない乙第十三号並に弁論の全趣旨を綜合すれば、債権者小島は母、弟、妹と四人家族で未だ独身であり生活費及び妹の学費は同人と弟が出し、住宅電話を有し軽井沢に山荘のあること、債権者益子は天神堂という薬局を開設していることは認められるがこれらの疏明のみでは未だ債権者等が債務者との雇傭関係を終了したものとして取扱われても生活に困窮しないような事情にあることを認めるには十分でなく、剰え一日離職すると容易に就職しえない今日の社会状勢のもとにおいては雇傭関係が存続するにかゝわらず、それが終了したものとして取扱われることは、その生活関係を甚しく変更しこれに多大の不安焦燥を生じ、これを甚しく不安定にするものと考えられ、被傭者のうける損害は単に金銭的たるに止まらないものと考えざるをえないから、かような損害をさけるために通常仮処分の必要があるものといわざるをえない。而して債権者等が債務者より助教授として依嘱され、化学或いは薬品分析化学の授業を担当していたこと並びに債権者小島が図書館長を兼ねていたことは当事者間に争がないが前掲疏明によれば債権者が解雇の意思表示をうけて以後債務者は既に授業時間割を一応補充していること及び債務者学校においては授業担当は教授会の議によつて定められることが認められるので、これらの事情に照せば債権者等をして仮に助教授たる地位につかしめ、その地位のもとに前記授業を担当させることは適当でなく、一応従前の雇傭関係が存続すると同様の取扱をうける状態を仮に設定すれば足るものと考えられるから、本件仮処分申請の趣旨に照し、債務者の任意の履行により、仮処分の目的を達しうるものと認められる本件においては、債務者が債権者等に対しなした昭和二十六年七月六日附の解雇の意思表示の効力を停止するだけで足りるものと考えざるをえない。

よつて当裁判所は右と同趣旨において、さきになした仮処分決定を認可すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 脇屋寿夫 三和田大士 西迪雄)

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